虹とギターと吹き抜けた風と
第1話 プロローグ
海を見ていた。
真っ青な海が空との境目までどこまでも続いていて、あぁ、地球って本当に丸いんだなって思った。
まだ柔らかい太陽の光が、ふたりと、ふたりが座る真っ白な砂に降り注いで、ふたりの後ろには、それほど長くない影ができていた。
そっと手のひらが重なると、胸の鼓動が息苦しくなるくらいに早くなる。
そんな気持ちとは裏腹に、時間はただゆっくりと流れていく。
ゆるやかな風が吹いている。
いつまでもこうしてはいられないけれど、今だけはこのふたりだけの時間を、大切にしたい。
ありふれた言い方だけど、心の底からこう思った。
「時間がこのまま、永久に止まってしまえばいいのに…」
夢を見た。
それは確かに夢のはずなのに、夢とは思えないほど五感がリアルにいろいろなものを感じた夢だった。
ほとんど初めての体験。
あまりのリアルさにわたしは、その夢のことを誰にも話せなくて、そしていつの間にか、その夢も、感じた全ても、忘れてしまっていた。
* * *
わたしが彼を初めて見たのは、蒸し暑い深夜の駅前だった。
気持ちが荒れるような出来事があって、女友達をヤケ酒に付き合わせて、でも結局は彼女のおのろけを聞かされる羽目になって、彼女に彼氏からさんざん電話やメールが来たあげく、直々にお迎えに来て先に帰られてしまい、なんだかもういろいろなことがどうでも良くなっていた帰り道、終電も終わっちゃったし、仕方なくタクシーを拾うために駅前まで歩いていくと、風のような音が、どこからか聞こえてきた。
はじめは空耳か、酔って幻聴まで聞こえてきたか、とか思っていたら、それはギターの音だった。
歌うわけではなく、暗い夜、街灯とネオンをスポットライトのように浴びて、ただひたすらにギターを奏でている少年がいた。
正確には少年ではなかったんだけど、そのときには少年のように見えたのだ。
自分でも無意識のうちにふらふらっと、その少年の前に立っていた。
ただ、6弦を弾く彼の指が紡いでいく風のようなメロディに身を任せているうちに、まるで映画の「マトリックス」みたいに、まわりの世界が真っ白で、その中に自分とギターを弾く彼だけがいるような、不思議な感覚に陥った。それは、自分の身体と自分の感覚が切り離されてしまったかのような、不思議な感覚だった。
ふと気づいたときには、彼はギターを弾く手を止めていた。
そして、やや不審そうな目でわたしを見上げる彼と、そのとき初めて、目が合った。
それが、わたしと彼の出会いだった。
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