Vol.2   *Chapter 1. They meet each other*

1.Peach meets Pear
 その日は、風の強い春の日だった。ゴウゴウと、まるで嵐のように風が吹いていた。
 午後から歌のレッスンを2時間受けて、そのあと夕方からファミレスのバイトに入って、部屋に帰り着くと、もう10時を回っていた。
 いつもならレッスンからバイトに向かう間に一度部屋に戻って、炊飯器のスイッチを入れたり、洗濯物を取り込んだりしておくのだけれど、その日は歌の先生がレッスン後に珍しく長話をしてくれたおかげで、その時間がとれなかった。なので、バイト帰りにコンビニで買ったお弁当をレンジに入れてから、暗闇の中で冷たくなった洗濯物を取り込もうと、窓を開けた。
 外に出ると、すぐに"異変"に気づいた。明らかに洗濯物が足りない。とりあえず出ている分だけ取り込んで、庭と言うには狭い物干しスペースを、残りを探して這いつくばって探し回った。
 「あのぅ」と、ちょっとハスキーな女の子の声がしたのはそのとき。
 育ちの悪い芝生の上にミニスカート姿で這うような状態で振り返ると、隣の部屋との境を区切る、胸くらいの高さのパーテーションの向こうに、フチのある眼鏡をかけた女の子が立っていた。
 その子は片手を頭の高さくらいまで上げると、「もしかして、コレ?」と言った。
 その手にあったのは、なくなっていた洗濯物だった。
 「あ、はい」と答えて立ち上がると彼女は、「風でね、こっちに飛んできてたの。まだあるから、とってくるね」と部屋に戻ろうとしたので、「あ、いい。玄関から取りに行きます」と言うと、「じゃ、お茶でも入れときます」と答えた。
 これが、モモとリオの出会い。


2.Pear meets Berry
 よく晴れた春の午後、なにもすることがなくて、部屋でごろごろしていた。
 つけっぱなしのテレビには、2年くらい前にやっていた青春もののドラマの再放送が放映されている。
 あのころはよく友達と、ドラマの主人公に自分を投影したりして、たわいない話で盛り上がったりもしたけれど、2年経って主人公の年に少し近づいてみると、なんだか「あり得ないよなぁ、こんな展開」なんて、冷めた目でしか見られなくなっていて、そんな自分に少しへこんだ。
 引っ越してきたばかりで、近くに親しい友達もいない。手を伸ばしてつかんだ携帯から『ヒマだよー』なんて、友達にメールを打ってみても、バイトや講義で忙しいのか、返事も返ってこない。
 ずっとひとりでいても鬱々するだけだし、外の天気も良いし、買い物がてら気分転換に散歩でも出かけることにする。
 アパートは、玄関側の通路を101号室方向に歩いていき、建物がきれた左側が階段、右側に少し通路が続いていて、その先が路地に面したアパートの入り口、という構造になっている。部屋を出て、通路を歩いていくと、右側に曲がってアパートの入り口に向かう右側、ベランダのない1F住民のための物干しスペースと通路を隔てるパーテーションの上に、体を折りたたむように覆い被せている男の子がいた。
 思わず驚いて、「きゃ」なんて女の子らしい悲鳴を上げてしまうと、その男の子もこっちに気づいて、体を起こした。彼の手には、大きなカメラがあった。
 まだ春先なのに、なんとなく日焼けしたその男の子は、「ごめん、驚かせちゃった? 庭で写真撮ってたら夢中になっちゃって」なんて、照れ笑いを浮かべながら言う。
 夢中になるほど、なんの写真を撮っていたのかと思って、「なに撮ってたんですか?」と聞くと、「ん? いま撮ってたのは、コレ」と、彼が地面から拾い上げたのは、散った桜の花びらだった。
 「緑の芝生の上に落ちてるピンクの花びらがきれいなんだよ」と、目をキラキラさせながら熱く語り出す彼に、意味もなく笑いがこみ上げてくるのを止められなかった。
 これが、リオとミノルの出会い。


3.Berry meets Peach
 夜の9時過ぎだった。
 最近撮りだめした黒白写真のフィルムをまとめて現像しよう、と思い立って、ユニットバスに現像の支度を始める。カラーはさすがに面倒で、うちで現像はできないが、黒白のフィルムくらいは現像できるので、そういうときは窓のないユニットバスが暗室の代わりだ。
 現像液や定着液、現像に使う用具や時計なんかを用意して、ユニットバスの電気を消すと、フィルムをフィルムケースから取り出して、リールという器具に巻き付ける作業を始めた。この作業中にフィルムを光に当ててしまうと感光してしまうし、リールに巻くのを失敗すると現像液に入れたときにフィルムが張り付いてしまうので、この行程を失敗するとせっかく撮ったフィルムがまったくの無駄になってしまうこともある、相当重要な行程だ。写真を始めたばかりの頃は、よく失敗して悔しい思いをしたものだ。
 リールに巻いたら今度はそれをタンクに入れ、光が入らないようにフタをする。これでいったん電気をつけることができる。電気をつけて、タンクに現像液を入れようとしたそのとき、突然、隣から大音響の音楽と、ドンドン、という足音が聞こえてきた。
 ここんとこ毎晩コレだ。集中も出来やしない。
 一言文句を言ってやろうと、現像液とタンクを置いて部屋を出る。
 隣、102号室のインターフォンを押してみるが反応がない。あれだけ大きい音で音楽かけていれば、気づきもしないかも知れない。試しにドアを叩いてみると、何か気づいたらしく、ドタバタとドアに向かって小走りに向かってくる気配がした。
「はーい」
 声が女の子のものだったのでちょっと臆しながらも、でもやっぱり一言言わなきゃな、と思い直してドアの前で待っていると、すごい勢いでドアがこちらに向かって開いた。
 「なにか?」と言いながら出てきた女の子は、なんと、いわゆるレオタード姿だった。彼女の格好に驚いて言葉を失っていると、彼女もきょとんとした顔をして困っているようだった。
 開いたドアの中からは相変わらず、陽気なメロディーの音楽が流れてくる。
 これが、ミノルとモモの出会い。
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